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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)5107号 判決

原告 株式会社 島長

右代表者代表取締役 中根長吉

右訴訟代理人弁護士 吉原大吉

被告 金子弘明

〈ほか二名〉

右被告三名訴訟代理人弁護士 増岡正三郎

増岡由弘

主文

被告らは原告に対し各自金六九八万二、八〇〇円およびこれに対する被告金子弘明は昭和四八年七月一三日から、同金子良造は同年同月八日から、同築地塩砂糖販売株式会社は同年同月五日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金一、一八四万九、六〇〇円およびこれに対する被告金子弘明は昭和四八年七月一三日から、同金子良造は同年同月八日から、同築地塩砂糖販売株式会社は同年同月五日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告金子弘明は被告築地塩砂糖販売株式会社(以下「被告会社」という。)の被用者であった者であり、被告金子良造は被告会社の代表取締役である。

2  原告は昭和四六年八月頃から被告金子弘明を通じて被告会社から砂糖を継続的に買受けていたものであるが、被告金子弘明は、被告会社が昭和四六年四月頃から債務超過の状態にあって、前渡代金に相当する砂糖を原告に引渡し得る見込みがないのに、あるように装い、「砂糖は従来どおり必ず引渡す。」と虚言を述べてその旨原告を誤信させ、原告から前渡代金名下に昭和四七年二月二一日金三二万円、同年四月一五日金三二万円、同年同月二七日金六六万円、同年五月一一日金七二〇万円、同年同月三〇日金二〇八万円合計金一、〇五八万円の交付を受けてこれを騙取し、原告は右金額相当の損害を蒙った。

3  被告会社は砂糖の販売業を営んでいたものであるから、被告金子弘明の前記不法行為は、被告会社の事業の執行につきなされたものというべきであり、被告会社は民法第七一五条第一項により原告に対して前記損害を賠償する義務がある。

4  被告金子弘明の前記不法行為は、被告金子良造との共謀によるものであるから、同被告は民法第七〇九条、第七一九条により原告に対して前記損害を賠償する義務がある。

5  かりに右の共謀の事実が認められないとしても、被告会社は従業員数約八名の小企業であって、その事業は被告金子良造の直接の監督の下に行なわれていたものであるから、同被告は民法第七一五条第二項により原告に対して前記損害を賠償する義務がある。

6  かりに被告金子良造が被告会社の事業の直接の監督者ではなかったとしても、被告会社の代表取締役である被告金子良造が被告金子弘明の業務執行について監視を怠ったところから、同被告は前記不法行為をなしたものであるから、被告金子良造は商法第二六六条の三第一項前段により原告に対して前記損害を賠償する義務がある。

7  かりに前記2の事実が認められないとしても、原告は被告金子弘明を通じて被告会社との間に、昭和四七年二月二一日グラニュー糖四、〇〇〇キログラムを代金三二万円で、同年四月一五日上白糖四、〇〇〇キログラムを代金三二万円で、同年同月二七日上白糖八、八〇〇キログラムを代金六六万円で、同年五月一一日上白糖六万キログラムを代金七二〇万円で、同年同月三〇日上白糖二万四、〇〇〇キログラムを代金一六八万円で、同日グラニュー糖五、〇〇〇キログラムを代金四〇万円で買受ける契約を締結し、右代金合計金一、〇五八万円を支払ったが、被告会社の原告に対する右砂糖の引渡義務は、昭和四八年六月八日頃履行不能となり、原告は右代金額相当の損害を蒙ったから、被告会社は民法第四一五条により原告に対して右損害を賠償する義務がある。

8  原告は本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し、手数料および謝金として合計金一二六万九、六〇〇円を支払うことを約した。

よって原告は被告らに対し、損害賠償として右合計金一、一八四万九、六〇〇円およびこれに対する本件訴状が被告らに送達された日の翌日から各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

二  請求の原因に対する答弁

(被告金子弘明)

1は認める。

2のうち、原告からその主張の日に、その主張の金員の交付を受けたことは認めるが、その余は否認する。

8は争う。

(被告金子良造)

1は認める。

2、4、5、6は否認する。

8は争う。

(被告会社)

1は認める。

2は否認する。

3のうち、被告会社が昭和四七年二月当時砂糖の販売業を営んでいたことは認めるが、その余は争う。

7は否認する。

8は争う。

三  抗弁

(被告三名)

原告がその主張の金員を被告金子弘明に交付したのは、原告が同被告の「親戚に製糖会社の役員がおり、粗糖を精製する過程で余分の量が出るのをまわしてくれるので、これが値の安い理由である。」との言辞を信用したことによるものであり、そして原告が同被告との間にとりきめた砂糖の売買代金額は、市中相場より三〇ないし四〇パーセントも低いものであった。

一般に商人は右のような場合、同被告の右の言辞が真実であるかどうかについて、その使用者である被告会社に確かめるべき注意義務があるというべきであるが、原告が右の注意義務を尽さず、被告金子弘明の言辞を軽信し、前渡代金を交付したことが、原告に損害が生じたことの一因をなすものというべきである。

よって本件損害賠償の額を定めるにつき、原告の右過失を斟酌して過失相殺をすべきである。

(被告会社)

被告金子弘明は、原告と共謀のうえ、被告会社の従業員としての任務に背き、昭和四六年五月二〇日から昭和四七年六月八日までの間に二五八回にわたり、グラニュー糖七、三〇〇キログラム、上白糖八万〇、六六〇キログラム、マスコット糖五一五キログラムを被告会社の通常の販売価格金一、〇九四万七、五三七円よりも低い代金七〇七万四、八〇〇円で原告に売渡し、被告会社にその差額金三八七万二、七三七円相当の損害を与えた。

そこで被告会社は、本訴(昭和四八年九月三日の本件口頭弁論期日)において、右金三八七万二、七三七円の損害賠償請求権をもって原告の本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する答弁

原告が被告金子弘明に前渡代金を交付したのは、原告が同被告の言を信用したことによるものであることおよび原告が同被告を通じて被告会社から昭和四七年二月二一日グラニュー糖六、〇〇〇キログラムを代金は一キログラムあたり金八〇円で、同年四月一五日上白糖六、〇〇〇キログラムを同八〇円で、同年同月二七日上白糖一万一、二〇〇キログラムを同七五円で、同年五月三〇日上白糖六、〇〇〇キログラムを同七〇円で、同日グラニュー糖一、〇〇〇キログラムを同八〇円で買受け、引渡を受けたことは認めるが、その余は否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一  原告主張の請求の原因の1の事実は、当事者間に争いがない。

二  請求の原因の2の事実につき判断するに、被告金子弘明が原告からその主張の日にその主張の金員を砂糖の前渡代金名下に交付を受けたことは、原告と同被告との間においては争いがなく、原告と被告金子良造および被告会社との間においては、≪証拠省略≫によりこれを認めることができ、また≪証拠省略≫を綜合すると、被告金子弘明は、昭和四三年七月頃から砂糖を被告会社の通常の販売価格より廉価に販売し、売上報告書には通常の販売価格で販売した如く記載し、実際の販売価格との差額は売掛金として記載し、顧客から前渡代金として交付を受けた金員を右売掛金の回収分として充当していたが、昭和四七年二月頃には、右の架空の売掛金が累積し、当時顧客から交付を受けていた前渡代金をすべて右売掛金の回収分として充当しても、なお約三、〇〇〇万円が不足する状況であったこと、同年六月五日頃に至り、被告会社代表者は、被告金子弘明の右所為を知ったが、同被告が顧客との間にとりきめた販売価格が市中相場より三〇ないし四〇パーセントも低いという異常な価格であるところから、原告ら買受人に対する砂糖の引渡を拒絶したことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右の事実に照らすと、被告金子弘明は、原告から前記の前渡代金の交付を受けた際、原告に対して右代金に相当する砂糖の引渡はできないかも知れないが、それもやむを得ないとの認識のもとに、原告との間に砂糖の売買の約定をなし、原告をして砂糖の引渡を受けられるものと誤信させ、前渡代金名下に前記金員の交付を受けてこれを騙取し、原告に右金額相当の損害を与えたものというべきである。

三  次に請求の原因の3の事実につき判断するに、被告会社が昭和四七年二月当時砂糖の販売業を営んでいたことは、当事者間に争いがなく、被告金子弘明が被告会社の砂糖の販売業務を遂行するに際して不法行為をなし、原告に損害を加えたことは、前記認定のとおりであり、右の事実に照らすと、被告金子弘明は、被告会社の事業を執行するにつき原告に損害を加えたものというべきである。

四  次に請求の原因の4の事実につき判断するに、原告は、被告金子弘明がなした前記不法行為は、被告金子良造との共謀によるものであると主張するけれども、右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

五  次に請求の原因の5の事実につき判断するに、≪証拠省略≫を綜合すると、昭和四七年二月当時被告会社の従業員数は被告金子弘明を含めて七名であり、被告会社の業務は被告金子弘明が行ない、あるいは同被告が他の従業員に指示して行なわせ、被告金子良造は毎日被告金子弘明に売上報告書を提出させていたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右の事実に照らすと、被告金子良造は、昭和四七年二月当時被告金子弘明による被告会社の業務の執行を直接監督する立場にあったものというべきである。

六  そこで次に被告らの過失相殺の主張につき判断するに、原告は、被告金子弘明が、「親戚に製糖会社の役員がおり、粗糖を精製する過程で余分の量が出るのをまわしてくれるので、これが値の安い理由である。」と述べたのを信用して同被告に前渡代金を交付したものであることは当事者間に争いがなく、また≪証拠省略≫によれば、原告が被告金子弘明との間にとりきめた砂糖の売買価格は、市中相場より約三〇ないし四〇パーセント低いものであったこと、原告は前渡代金に相当する砂糖の引渡をいまだ受けていない時点において、さらに同被告に前渡代金を交付したことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右の事実に照らすと、製糖会社の役員が粗糖の精製過程から出る余分の砂糖を処分すること自体正当な行為ではない疑いがあり、また原告は被告金子弘明に代金の前払をするのであるから、原告としては、売買価格が市中相場より著しく廉価であることおよび同被告が代金の前払を求めることの真の理由につきなお相当の調査を行ない、また前渡代金の交付に際しても砂糖の引渡の確実性をさらに確かめるなどして、損害の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠った過失があるものというべきであり、そして原告の右の過失を斟酌すると、原告が受けた前記金一、〇五八万円の損害のうち、被告ら三名に賠償を求めうる金額は、右損害額からその四割を減じた金六三四万八、〇〇〇円とするのが相当である。

七  次に被告会社の相殺の抗弁につき判断するに、原告が昭和四七年二月二一日から同年五月三〇日までの間に被告金子弘明を通じて被告会社から合計三万〇、二〇〇キログラムのグラニュー糖および上白糖を代金合計金二三〇万円で買受け、その引渡を受けたことは当事者間に争いがなく、また≪証拠省略≫を綜合すると、原告は昭和四六年八月頃から昭和四七年二月頃までの間に被告金子弘明を通じて被告会社からさらに数万キログラムの砂糖を代金は一キログラムあたり七五円ないし八〇円で買受け、その引渡を受けたことが認められるけれども、右取引が同被告の被告会社に対する背任行為にあたることを原告が認識していたとの被告会社の主張事実は、被告会社の全立証その他本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。

八  次に請求の原因の8の事実は、≪証拠省略≫を綜合してこれを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

しかし前記認定のとおり、被告金子弘明の不法行為により原告が蒙った損害のうち、被告らに賠償を求めうる金額は金六三四万八、〇〇〇円であることに照らすと、原告主張の弁護士費用のうち被告らの負担に帰すべき金額は、右認容額の一割にあたる金六三万四、八〇〇円とするのが相当である。

九  そうすると原告の本訴請求は、被告金子弘明に対し民法第七〇九条にもとづき、同金子良造に対し同法第七一五条第二項にもとづき、被告会社に対し同法第七一五条第一項にもとづき、損害賠償として右合計金六九八万二、八〇〇円およびこれに対する訴状送達の翌日である被告金子弘明については昭和四八年七月一三日、同金子良造については同年同月八日、被告会社については同年同月五日から各完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は正当であり、その余は失当である。

よって原告の被告らに対する本訴請求は、右認定の限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石井義明)

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